因果応報な日々

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吉村昭『三陸海岸大津波』

c0048467_2156398.jpg 三陸の津波と言えば、宮脇俊三の『ローカルバスの終点へ』を思い出す。

 宮古駅からバスに乗り、宮古市の川代というところへ行った章である。

 十五分ばかり下ると姉吉の集落に入る。地図によれば標高は約六〇メートルで、浜までは一キロ以上ある。こんな不便な場所に家が建っているのは、言うまでもなく津波を避けたからである。

(略)

 姉吉集落から浜への道を下りかけると、古びた自然石の碑があり、こう刻まれていた。
「高き住居は児孫の和楽
 想へ惨禍の大津波
 此処より下に家を建てるな」

 姉吉の人々はこの教えを守り、今回の震災でも被害を免れた。

過去からの警告を守った姉吉地区、家屋損壊を免れていた|p4j

先人の教え、津波から住民守る 宮古市の姉吉地区|47NEWS

此処より下に家建てるな…先人の石碑、集落救う|読売新聞

宮古市重茂半島川代の津波コマ撮り写真と姉吉の最大遡上高|日本地質学会


c0048467_21561976.jpg さて、吉村昭『三陸海岸大津波』である。歴史は繰り返すと言うが、あまりに辛い繰り返しである。日付を変えれば、津波の様子は今回と通じてしまう。それでも、明治29年の津波では、現在とは通信・交通が格段に劣っていたはずなのに、迅速に対応に当たっていたことに驚かされる。

 明治29年、昭和8年、昭和35年(チリ地震津波)、昭和43年(十勝沖地震津波)の実に4回もの大津波を経験した方の言葉が重く胸に刺さる。

「津波は、時世が変わってもなくならない、必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人たちは色々な方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにいないと思う」


 残念ながら今回は「めったに」どころではなかった。筆者の吉村昭氏は故人ではあるが、ここに新たな記録が刻まれるのかと思うと、辛く、悲しい。

ローカルバスの終点へ (洋泉社新書y)

宮脇 俊三 / 洋泉社


三陸海岸大津波 (文春文庫)

吉村 昭 / 文藝春秋


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by seiwadai_walker | 2011-05-31 00:03 | 読書
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とりあえず何か書き綴ります…


by seiwadai_walker
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