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朝日社説 私には理解できぬ

首相年頭会見 私たちこそ理解できぬ|朝日社説

 年頭の記者会見で、小泉首相は自らの靖国神社参拝に対する内外の批判について、5回も「理解できない」を繰り返した。

 「一国の首相が、一政治家として一国民として戦没者に感謝と敬意を捧(ささ)げる。精神の自由、心の問題について、政治が関与することを嫌う言論人、知識人が批判することは理解できない。まして外国政府が介入して、外交問題にしようとする姿勢も理解できない」

 理解できない言論人、知識人とは、新聞の社説も念頭に置いてのことだろう。全国の新聞のほとんどが参拝をやめるよう求めている。「理解できない」と口をとがらせるよりも、少しは「言論人」らの意見にも耳を傾けてはどうか。

 我が家は朝日新聞を購読していますが(求人情報が充実してるので、とは大きな声では言えない)、これにはひっくり返りました。「全国の新聞のほとんどが参拝をやめるよう求めている」=「国民のほとんどが参拝をやめるよう求めている」ではありますまいに。こうした思い上がりが、国民からの乖離を招いているのではないのか。「理解できない言論人、知識人」とけなされたなら、理解できるよう言論と知識を駆使すればよい。それに国民が共感すれば、その議員は次の選挙で議席を失うだろう。それが叶わなかったら、言論人としての負けを認めるべきである。それでも往生際悪く、自分の意見が通らないと「みんなそう言ってるよ!!」とヌカす輩がいますが、それと同じレベルですね。その「みんな」って奴を連れて来い、みたいな。

 と思っていたら、産経新聞がすかさずツッコミを入れました。「全国の新聞のほとんど」に自分たちまで一緒くたにされてはたまったもんではないものね。
産経抄

 ▼寒いといえば、五日付の「私たちこそ理解できぬ」と題した小泉首相の靖国神社参拝を批判した朝日新聞の社説は、読み返すほどに身震いがくるような内容だった。靖国参拝を批判するのは勝手だし、中国や韓国の立場を戦没者のご遺族よりも重視するかのような言論も自由だが、「全国の新聞のほとんどが参拝をやめるよう求めている」というのは誤植ではないかと何度も見直した。

 ▼確かに戦前戦後の一時期、かの新聞が業界のリーダー的な存在であり、部数でも日本一だったころがあった。だが今や朝日の言説に「ほとんどの新聞」や「言論人」が肯(うなず)く時代ではない。言論人イコール朝日人という論法は理解できない。第一、「私たち」とは誰なのか。

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by seiwadai_walker | 2006-01-06 23:34 | 政治
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とりあえず何か書き綴ります…


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