因果応報な日々

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鶉野飛行場跡

前の記事から続く

 続いて鶉野飛行場跡へ。網引駅で出会ったおばあさんにも「見ておいで」と言われた。

 この飛行場の概要は下記の通りである。

ひょうご再発見10.海軍鶉野飛行場跡|神戸新聞

 太平洋戦争は一九四二(昭和十七)年六月のミッドウェー海戦を境に、日本に不利な状況へと向かった。軍はパイロットを短期間に多数養成するため、各地に訓練用の飛行場を急造した。

 兵庫県内でも、加西郡(現・加西市)南東部の鶉野(うずらの)台地に、海軍の飛行場建設が決定。百戸以上の民家を立ち退かせ、同十一月ごろ着工。近隣住民や朝鮮人労働者らを大量動員し、翌年九月、突貫工事で使用開始にこぎつけた。その翌月、パイロット志願の兵士を訓練する姫路海軍航空隊がここに設立された。


 忘れてはならないのが、ここで特攻隊員の訓練が行なわれたことだろう。

 その後、戦局がますます切迫し、南の海では特攻が始まった。同航空隊【姫路海軍航空隊】でも四五年になると特攻隊「白鷺(はくろ)隊」を結成。ここで訓練を受けた六十三人の若い兵士が、各地の航空隊へと赴き、沖縄近海の米艦目掛けて突っ込み、散っていった。


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 現在は陸上自衛隊の訓練場となっている。

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 平和祈念の碑が建立されている。

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 戦後、一部用地は払い下げられたというが、それでも広大な滑走路跡が今も残る。近所の人のジョギングコースや子どもの格好の遊び場になっていた。ちなみに航空写真で見るとこんな感じ(Googleマップ)
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by seiwadai_walker | 2007-02-13 00:32 | 雑記
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とりあえず何か書き綴ります…


by seiwadai_walker
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