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青木栄一『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』

青木栄一『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』吉川弘文館


 「我が街は鉄道敷設に反対したため駅が設置されず(町外れに駅が作られ)発展が遅れた」という話はよく聞く話である。しかし、著者によればそれらを実証する資料は存在せず、伝説に過ぎないと結論付ける。

 本の中でも例証されているが、地形の関係上(鉄道は勾配に弱い)たまたま市街地を避けなければならなかった、用地買収を簡単に済ませるために人口集積地を避けて町外れに駅を作らねばならなかった、などなど地形図を示しながらバシバシ提示してくれ、それはまさに目から鱗なのである。

 もちろん鉄道建設に際しては反対はあった。しかし、「宿場がさびれる」とか「汽車の煤煙で桑が枯れる」といった史料なき「鉄道忌避伝説」ではなく、橋梁建設に伴い、増水時橋脚が流水を阻害して、洪水が増えることへの不安といった実際的な意味での反対だったようだ。

 ちなみに、「宿場がさびれる」という理由での鉄道反対が史料で確認できたのは1件だけなのだそうだ。とはいえ、役所からは一蹴され建設に至っている。そう、明治時代の官のパワーは現在とは比べものにならないものであり、住民の反対ごときで計画が変わることなんてまずない、と筆者も述べている。

 我が街・川西市にも「鉄道忌避伝説」と思しき例があった。能勢電鉄建設に当たってのことである。

 起点は、阪鶴鉄道池田停車場構内が認められず、小花村字大畑三十番地地先(小花二丁目一番、阪急電鉄線の猪名川鉄橋西詰付近)に変更されていた。当初の計画線が、起点付近において阪鶴鉄道の機関車修理工場への支線を横断することや、能勢電軌に続いて申請した箕有電軌の計画線と並行していて競合することになるところから、認められなかったのであろう。

 また、池田町北ノ口の商人たちが、能勢電軌が阪鶴線池田停車場に連絡することによって、繁栄を奪われるのを恐れて反対運動をおこしたとも伝えられている。

(川西市史第3巻より。読みやすくするため改行を挿入)


 阪鶴鉄道池田停車場は今のJR福知山線川西池田駅のことである。池田の商人が反対したと「伝えられている」という「鉄道忌避伝説」にはおなじみの伝聞であって、史料に基づいているわけではなさそうだ。それを言い出すと前者も「認められなかったのであろう」と推測なのだが…。ともかく伝聞である以上は今のところは「伝説」とするほかないだろう。個人的には前者の理由が決定的だと思うのだが。
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by seiwadai_walker | 2007-06-02 00:57 | 読書
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とりあえず何か書き綴ります…


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