2年前の夏、東北を旅行したとき、花巻から釜石線~山田線を通って宮古で1泊、翌日は岩泉線に乗って山田線で盛岡へ抜けたことがあるので、三陸は全く見知らぬ土地ではないだけに、今回の震災の惨状には心を痛めています。

車内からたまたま撮った浪板海岸駅の駅名標。海岸と名がつくだけあって、海から近い。今はどうなっているのか…。ちなみにこの駅は大槌町に所在しますが、町長は残念ながらご遺体で発見されました(
岩手・大槌町長、遺体でみつかる 災害対策会議中に津波|朝日新聞)。



宮古駅。
一番心に引っかかったのは、宮古へ向かっていたとき、乗っていた山田線の列車がシカをはねたため遅れが出ました。車内を巡回して来た車掌に宮古からの
三陸鉄道の接続を不安そうに尋ねる中学生がいました。
それ自体はまぁ、よくあるというのも変ですが、普通の光景ですが、それが妙にフレンドリーというかフランクにやりとりしていたので顔見知りだったのでしょうか。非常時でもなんだかのどかだなぁ、とさみしい夜のローカル線の車内の出来事が記憶に残りました(車掌はきちんと接続を取る旨案内していました)。
今思えば、あの中学生たちは宮古から三陸鉄道に乗って行ったわけで、となると津波被害の激しい
田老や
小本、
普代地区へ帰っていったのだろうか。もちろん名前も知らないが、彼らの無事を祈らずにいられません。